絵本『だいじょうぶ だいじょうぶ みんな 大好きだから』

後藤さん:
結果は屋根裏なんだよね。
過去に振り返っても、過去は過去。
そうではなくて、前を向いていたい。
自分に進化させていきたいし、
進化しながら死んでいきたいし。
本当に足を落としたときに色んなことがあって、
周りには足を切ったことを最初は黙っていて。
でも、皆がそのことを嗅ぎつけて
近所のおじさんや色んな人が来てくれた。
それで、僕がなんとも思っていない人から僕の姿を見て、
大泣きする人がいて、十人が僕の姿を見て泣いてくれた。
その時に人を跳ねて亡くしてるは自分の足はちぎってるは、
こんな最低な人間って自分で思っていたのに、
その最低な僕を見て泣いてくれた人がいるというを目の辺りにしたときに、
この人たちにめちゃめちゃ失礼だなと思った。
ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
まずは、この泣いて下さった十人の方に恥じない生き方をしないと
自分がすごく恥ずかしいという想いが一番最初に生まれた。
一樹:
その時に、今の自分に何ができるかと向き合われたわけですね。
それから、ようやく絵本のエピソードへ入っていけるかと思うんですが、
この絵本が生まれたきっかけというのは?
後藤さん:
絵本が生まれたきっかけは、
足が無い方って、日本中にたくさんみえるとしても、
結構目にすることって少ないよね。
一樹:
そうですね。
後藤さん:
そうだよね。
みんな障害を持っていても、目にすることは少ないと思うし、
周りからは「ああ、かわいそうだな。」
っていう思いはみんな持っていると思うし。
でも、実際そういう人と付き合ってみると、
例えば一樹も僕とこうして付き合っていても、
「この人、足無いなんて見えへんな」なんて思ってないでしょ(笑)
一樹:
は、はい(笑)
後藤さん:
でしょ(笑)
それが本当だと思うんだよね。
そういうことを人に伝えたくて。
すっごい単純なことなんだけれど、
そこかなと思って。
「みんな何も変わらないじゃん」って。
でも、障害者だけの内容のお話にしてしまうと、
あ!障害者だけの絵本ってなるので、
心の病の人も登場人物として入れていったときに、
世間の方にも通じるものがあるかなと思ったところから始まった。
で、本当はそれって、子どもの頃に公園かどこかで遊ぶときに、
手がない子が居たとしたら、
手がないことを子どもなりに気にせずに遊んでくれて、
手がないことで補ってくれることもあって。
僕が幼稚園ぐらいの時に、川でよく遊んでいたんだけれど、
その時に左腕が不自由なお兄ちゃんがいて一緒に遊んでいて、
でも、左腕が不自由なのに小さい子の面倒を見てくれた。
不自由な分、友達がその方をカバーしてあげていて、
あ!遊びの中からそういうことを経験できるから、
じゃあ子ども達に素直にそれを伝えられたら、
すごく良いことだと思って、絵本を考えた。
まぁ、当然へんな言い方をすると降ってきたという感覚。
« 第6話:一本足に・・・ | Category: だいじょうぶ絵本:後藤 政幸 | 第8話:障害に関わる現実 »
ディスカッション
No comments for “第7話:進化しながら死んでいきたい”
コメント投稿