
【炭師 原 伸介(はら・しんすけ)さんプロフィール】
1972年横浜生まれ。長野県在住。
『絶対無理』という周囲の忠告と潮笑を無視して炭師として独立。
「売れない・食えない・眠れない」の三重苦の絶望の淵で、
天からの「笑え!」の声に反応し、山の中で爆笑し、
ピンチを切り抜ける。
以来、辛くなる度に爆笑を繰り返す。
現在、信州の山中で炭を焼きつつ、
「かっこいい大人が増えれば若者は夢を持てる」という持論のもと、
「職人・一次産業のかっこよさ」を若者に伝える活動に命を燃やしている。
一樹:
対談前から、随分とお話してしまいましたが(笑)
今日はどうぞよろしくお願いします。
原さん:
いくらでも話しますよ(笑)
よろしくお願いします。
一樹:
まずはピースフルをご覧の方に、「原伸介さん」がどういった方なのか、
知らない方もいらっしゃいますので、自己紹介をお願いします。
まず…炭焼き職人ですよね(笑)
原さん:
あっはっはっはっは(笑)
はい、一応そういうことになっていますよね、表向きは(笑)
一樹:
今の原さんを作り上げた原点は、炭焼き職人としての経験ですよね。
原さん:
そうですね。
ただ、やっぱり炭焼き職人というイメージだけで捉えていただいちゃうと、
多分そこから随分はみ出ちゃうと思うので、
なかなか自己紹介も難しいところはあるんですけれども。
ちょっとキザな言い方なんですが、炭焼きは僕にとっては職業ではないんですね。
『炭焼き』という生き方に、すごく魅かれて選んだ人生というか、仕事だったので、
いわゆるみなさんが「タクシーの運転手やっています」「サラリーマンやっています」
という職業とは、僕のなかではちょっと意識が違うと思うんですよね。
一樹:
なるほど。
原さん:
だから、炭焼きを通じて何を伝えていけるかという事が今の自分の仕事。
もちろん炭焼きは職業としてもやっていますけど、
決して趣味ではなくて、それが本職なんです。
でも、仕事として活動してゆくなかで炭焼きというのが、
ほとんど今産業になっていないんですよね。
でも素晴らしい職人仕事なわけですよね、それを自分なりに続けていくなかで、
今の時代が持っている矛盾だとか、「これは問題だなぁ」っていう事が、
実は現場の末端に起きてくるんです。
世の中の問題の行き着く先は末端なんですよね。
一樹:
おっしゃる通りですね。
原さん:
つまり分かりやすく言えば、大きな会社があったとする。
下請けがあったとする、大きな会社が「もっと安くしろ」と下請けに言う、
下請けはその下請けに「もっと安くしろ」と言う。
「安くしろ、安くしろ、安くしろ」…その最後の末端である
現場が一番苦しいんですよね。
それが工場の世界で言えば町工場かも知れないし、
食品の世界で言えばやっぱり生産者ですよね。
自分が作っている人より先は無いわけですから。
僕はそれを肌で感じてきたので。
だから炭焼きを始めて、とても印象的な出来事としては、
最初にあまりにも炭の値段が安くて「もう少しなんとかなりませんか?」って言った時に、
問屋さんが僕に言ったのは「別にお前に焼いてもらわなくても、
中国人に焼かせれば一日200円だ」って言われた事があったんですね。
一樹:
え!?
200円ですか!?
原さん:
その当時、僕の仕事は時給にして200円だったんですけど、
「中国人だったら日給200円でやってくれるよ」って。
というかやらせているんですけどね。
一樹::
やはり、それが現実なんですね・・・。
原さん:
僕は、「炭焼きは日本が世界に誇る日本の伝統産業」だと思っていたけど、
「そうじゃないんだ」と。
今、時代はとにかく「安ければいい、安ければいい」なんだって。
だから日本に職人さんがいようがいまいが関係ないと。
安くできるんだったら、外国に行って安く雇って、
言い方は悪いけど「人を使って作らせればいいじゃないか」と。
「それで安いものを買えるんだから、消費者も幸せだろ、何がいけないの?」
っていうような世の中だったんですよね。
僕、炭焼始めて今年で14年になりますけれども、
その状況は残念ながらほとんど変わっていないんですよね。
でも、だからと言って「しょうがないですね」って辞めるわけにはいかない。
僕はもうそれを自分事として「引き受ける」って決めてやってきたので、
どこかに必ず突破口があるはずだって。
一樹:
その中で、様々なハードルにぶち当たることも
多かったんじゃないですか?
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