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炭師:原 伸介

第8話 引きこもりを体験して

083

原さん:
どんなに何の気力も無くても、
今度は布団とのせめぎ合いになるわけよ。

ジメッとした布団に寝たくない、
でももう何もする気力がない、
でもジメッとしたのは嫌だ・・・。
みたいな(笑)

その葛藤からようやく抜け出して「そうだ!布団を干そう!」
布団ぐらいは干せるだろうと(笑)

一樹:
やっとですかぁ(笑)
あっはっはっはっは(笑)

原さん:
あっはっはっは(笑)
布団干すのも、昼間だし、誰にも見られないようにベランダに出るのも精一杯で、
お隣さんから見られていないか確認して、もう急いで布団干して。

でも、隣に当然自分のかみさんの布団があるから、
かみさんの布団も一緒に干すわけ。

で、また頃合を見計らって、キョロキョロして
急いで取り込むでしょ、で、また寝るんだよね(笑)

寝るっていうか引きこもるわけでしょ。
一日、布団を干して取り込んだだけなんです。
いい若い者が・・・。

しかも、講演で偉そうなことを言っている人間が、
結局布団しか干せなかった。
それでまた、自己否定が始まるわけ。

「あぁ、俺って布団しか干せないのいかぁ。
生きていても何の役にも立たないし、
役に立たないどころか偉そうな事言っちゃった」って、
またすごく自分を責めるわけ。

何も言わずに静かに生きてりゃ良かったものを、下手に本なんか出して、
偉そうな事言って、はぁ、なんて事してきちゃったんだ」ってもうガクッと落ちて(笑)

その時に一つ救いだったのが、
うちのかみさんは林業のプロフェッショナルだから、
男と一緒に木の伐採もするし、
冬場になれば猟師もやっているから鉄砲を持って
鹿とか猪を撃ちに行くんだけど、そのしんどい事をしてきたはずの
かみさんが帰ってくるでしょ。

で、何もしていないから何を言われてもしょうがない状況なはずなのに、
一言も文句を言わないわけ。

それどころか、夜寝る時に布団をかぶったかみさんが
「あ、今日も干してくれたんだ、ありがとう」
って言ってくれた時にすごい救われて。

「布団しか干せなかった自分、でもたった一つできた布団干しを認めてくれる。
喜んで有難がってくれる人がいるんだ」って事が、
「まだ俺生きていてもいいんだな」って。

一樹:
ほぉ~。

原さん:
それを逆にね、悪いところをあげたら切りがなく出てくるわけですよ。

「いつまで甘えてんの!」とか「そんなの気の持ちようだよ!」って、
もう何を言われてもしょうがない状況なのに、一切減点評価をせずに、
たった一点だけできたその布団干しを認めて喜んでくれた。
そこで救われたんですよ。

その時に決めたの、
「あぁ自分が元気になったら、絶対もう減点評価は止めよう」って。
「とにかく人のいいところだけを見よう」って。

一樹:
それが一つのきっかけだったんですね。

原さん:
そう、それがきっかけの一つ。
実はもう一つあって、これは話すたびにちょっと泣きそうになっちゃうんだけど、
「山に行けてない」っていう事の罪の意識がすごく強くて。

僕は14年間、山に通い続けて一度も欠かさず、
山に行くときは必ず山の神様に挨拶するのね。

でもしばらく山にも行けてない、山の神様にもご挨拶してないのが申し訳なくて、
すごい辛かったんだけど、「よし、行こう!」って決めて
久々に山に犬を連れて行ったのね。

それで、炭焼きの窯までの山道があるんだけれども、
その山の神様の入り口のところに立って、
「すいません、もう本当に来れなくて申し訳ありません。」
ってお詫びして。

ご挨拶をして、山に入って炭焼きの窯に行ったら案の定、
全然行っていなかったから荒れてるわけ・・・。

その時に、まだ掃除ぐらいできれば良かったんだけど、掃除する気力もない。
本当にもう「ごめんなさい、ごめんなさい」って気持ち。

半ば逃げるように窯に背を向けて、
自分が十何年前に作った山道を降りてくる途中で、
すごいリアルに声が聞こえたの・・・・

その声が「いいんだよ、来たい時においで」って。

だって振り向いたんだよ!
あまりにリアルに聞こえたから。

それで、振り向いた瞬間に涙がブワーって溢れてきて、
立っていられなくなった。

しゃがみこんでもう号泣しちゃったんだよね。

そしたら連れていった犬が近づいてきて、
号泣している僕の涙を舐めてくれたのね。

ふと我に返って顔を上げてね、
そしたら抜けるようにキレイな冬の空が見えたの。

そしてその空を見てまた泣けたんだよね。

っていうのは、十何年間、もう何千回と同じ道を窯まで通ってきたはずなのに、
空を見上げたことが一度も無かったんだよね。

一樹:
・・・。

原さん:
とにかく窯に通う道、帰る道っていうのは
いつも気持ちがパンパンに張っていて、
いっぱいいっぱいで、辛くてしんどくて。

でもその自分の背中を押して無理を続けていたんだろうね。
だから余裕が無かったんだよ。

空を見上げるなんて簡単な事じゃない。
顔を上げればいいだけなのに、その余裕が無かった。

その事に気づいて、それがまた泣けて泣けて・・・。
「俺そんなに気張って生きてたんだなぁ」って。

その時にね、初めて自分で自分を許せて、
神様にも「いいんだよ」って言ってもらえた気がして。

もしかして自分の声だったのかもしれないね、それは。
山の神様の声だったかもしれないし、両方だったのかなぁ。

それですごく救われた気になって、家に帰ってふと寝る前に思ったのはね、
「あぁ、もっと自分を抱きしめてあげよう」って。

本当はすごく頑張っていたんだったら、
もっともっと自分を褒めてあげても良かったのになぁって。
それで眠る時に、「もっと自分を抱きしめてあげよう」と思って自分を抱きしめてあげたの。

そうしたら、すごい安心感に包まれてね。
その時にふっと入ってきた言葉が
「笑えなくても大丈夫」っていう言葉だったんだよね。

つまり最初は「笑っていれば大丈夫」から始まって
「笑えなくても大丈夫」ってなった時に、
最後に入ってきたのが「何があっても大丈夫」じゃん!って。

つまり笑っている自分が大好きなのはもちろんだよね、
でも笑えない自分を受け入れられなかったわけじゃない、
だけど笑えなくても大丈夫だったんだよ。

山の神様に、「受け入れてもらえた」って思った時に
「あっ、笑っていても大丈夫。笑えなくても大丈夫。何があっても大丈夫じゃん」

つまりダメダメな自分もすべてまるごと受け入れて抱きしめてあげた時に
「本当に大丈夫なんだな」って思えた。

最初の「笑っていれば大丈夫」っていうのは、
逆に言えばさ、笑えない自分を肯定できていないんだよね。

常に前向きに生き生きとはつらつと
ワクワクしている自分しか認められていなかった。

でも、もうどうにもならない自分を経験して、
それまでの自分は傲慢で、例えば「夢が叶わないんです」
っていう人がいた時に、
心のどこかで「それは努力が足りないんだ」とか、
「本気じゃないからだ」って思ってしまうところがあった。

でもどんなに努力しても、どんなに本気でやっても、
「どうにもならない時ってあるんだな」って事を、
身を持って経験させていただいた。

「もう絶対人を責めまい」と思った。

逆に「努力主義って残酷だな」って思ってね、
本気主義って言ってもいいと思う。

だって、どうにもならずに傷ついて苦しんでいる人に向かって、
「努力が足りない」 「本気が足りない」って追い討ちかけるんだから。

実はその『本気』とか『努力』って、使い方一つで
真逆のもっと優しい意味にも使えると思った。

よく「本気だせよ」っていう時って「本気で突っ走れよ」って使うじゃない。

例えばさ、よく体育会系の人にありがちだけど、
人の胸倉つかんで「もっと本気だせよ」って。

でもそう言って胸倉をつかんでいるあなたは、
「その人を本気で受け入れて無いですよね」っていう「本気」もあるでしょ。

一樹:
なるほど。

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ディスカッション

One comment for “第8話 引きこもりを体験して”

  1. きらきら塾でお聴きした時の感動が甦って
    また、涙があふれました…

    本当に、こういう体験こそが大事ですよね〜♪

    これを体験した人がする
    『受け入れる』は深さが違いますよね〜


    Posted by さらちゃん | 1 月 20, 2009, 15:17:25

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