
【にこ蔵(にこぞう)さん プロフィール】
1967年、自然豊かな岐阜県中津川市に生まれる。
結婚12年目にして離婚、最愛の息子・娘とも別れる。
その後、トイレにあったお地蔵さんのポストカードに惹かれ、
作者の『にわぜんきゅう』さんに会いに行き、
お地蔵さんの魅力にとりつかれる。
ポストカードを中心とした作品展を地元中心に実施中。
★過去の作品展★
2007 恵那市『コスモブック』 瑞浪市『カフェ燈』
瑞浪市『喫茶チコ』
2008 恵那市『コスモブック』『スミコ美容院』
中津川市『ばんかく寺』など。
一樹:
今日はよろしくお願いします。
今回の対談、どこから話をしていこうかと思っているのですが
まずは、にこにこのお地蔵さんを書かれる前は何をされていたのか。
そんな話題から入っていこうかと思います。
にこ蔵さん:
実のところ、僕、まったく絵が苦手なのですよ(笑)
たぶん、人生の中で自分の一番苦手な分野だったと思います。
一樹:
そうなんですか!?
にこ蔵さん:
実は、僕は1度離婚をしていて、その後再婚をしているのですが
前の子供に「絵を描いてくれ」って頼まれた時に
全く描くことができなくて、子供にも馬鹿にされて、
恥ずかしい思いをしたぐらいです。
アンパンマンの絵だけ、なんとか練習をして描けるようになる
そんなレベルでした。
学校の美術の成績もずっと「2」で、小学校の頃にあった図工の授業も
「もっとがんばりましょう」って書かれてしまうような1番下の成績だったのです。
それほど絵を描くというのは僕の苦手な分野でした。
一樹:
驚きですね。何枚かポストカードを見せていただきましたが、
全然、絵が苦手だったなんていう雰囲気は感じなかったですよ。
にこ蔵さん:
特にきっかけになったのは、描くこと始める前後に
日記を書いていた時期があって、日記の1番最後の部分に
その日、1日が、笑った日だったか、怒った日だったか、泣いた日だったか
顔の絵を描いていたことがありました。
また、それを年賀状に描いたりもしていたのですね。
それが、本格的に絵を始めるための小さな1歩目でした。
一樹:
そういった絵を見た周りの反応はどうだったのでしょう?
にこ蔵さん:
知り合いからは
「下手くそだけど味があっていいね」と言われたりしていました(笑)
それから後に離婚をしてしまって
人生のどん底を歩いているような時期に
僕の妹が、ぜんきゅうという、お地蔵さんを描いている方の
話をしてくれたのですね。
一樹:
ぜんきゅうさんという方はお地蔵さんのポストカード等を
販売されている方ですよね?
にこ蔵さん:
ええ、そうです。お地蔵さんの絵で有名なのは、
このぜんきゅうさんと、ゆうせきさんという2人がいます。
ぜんきゅうさんは愛知県の内海の方
ゆうせきさんは九州の方ですね。
僕がお世話になったのは
ぜんきゅうさんですが、主にポストカードや本を作っているのですが
他にも海岸の石を拾って、
鳥の形をモチーフにした彫刻作品なんかもあります。
豊橋の名宝ビルというところに常設展として
扱われている物が特に有名ですね。
また、そこでぜんきゅう教室という、
お地蔵さんのお絵描き教室も開催しています。
僕の妹がその方のポストカードが好きで
我が家のトイレの壁にそれを貼付けてあるのですね。
そのポストカードには
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、いいことあるよ」
というメッセージが書かれていて
僕は、トイレに入ってそれを見るたびに
「いいことなんかないよ、なにが大丈夫なんだ!」と思ってしまってました。
それでも、何度も何度も見返して半年くらい経った頃ですかね。
「本当に大丈夫かもしれない、いいことあるのかもしれない」
と思い始めました。
一樹:
見ているうちに、にこ蔵さん自身に、
徐々に心境の変化が訪れたのですね。
にこ蔵さん:
そうですね。時間がかかりました。
ちなみに妹やその旦那さんはぜんきゅうさんのことを本当に好きで
結婚式の引き出物にもぜんきゅうさんの絵が描かれたものを
みんなに配っていたほどです。
そしてある時、ふっとその妹がくれた
ポストカードのぜんきゅうさんのプロフィールを読んだのですね。
そこには
「40にして突然の離婚、最愛の息子とも別れ
実家(内海)の老人ホームにて、お地蔵さんを書いている」と書かれていました。
一樹:
ええと、どこかで聞いた事あるような…
にこ蔵さん:
そうなのです。
僕の歩んできた道とそっくりなのですよ(笑)
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