
にこ蔵さん:
そして、ある日ぜんきゅうさんのおじさんが制作現場に来る機会があって
ぜんきゅうさんはこんな状態を見られたら、
一体何しているんだと叱られるのだろうなあと想像していました。
現場を一通り見回して
「おい、善久…」とおじさんが語り始めると
「ああ…叱られる…」ぜんきゅうさんは、おびえました。
しかし、おじさんが言った一言は
「これ、いいなあ。見ていると何だか癒されるよ」
意外にも、お褒めの言葉でした。
その時に、ぜんきゅうさんは気付かされます。
自分はこの3年間人に怒られ、けなされることはあっても
褒められたことが1度もなかったことに。
また、褒められるというのはこんなに嬉しいことなのだと
いうことにも。
一樹:
ビジネスマンとして働いているときに気付けなかった感情に
だんだん敏感になっていったんでしょうか。
にこ蔵さん:
そう言えるでしょうね。不思議ですよね。
それをきっかけに、制作も徐々に精力的になっていきます。
それまでは机にのるくらいにおさまっていた作品が
部屋中に広がりをみせていきます。
なにより、それを見ている本人が
嬉しくて仕方がなかったそうです。
そのように制作を続けているうちに
ある時、友人が作品を見る機会があったそうです。
友人は作品を一目見て
「これ良いよ、ぜひ写真をとらせてくれないか」と言ってくれ
その後「面白い人がいるから」と
勤め先の部長にその写真を持っていってくれたのですね。
この部長は割と手厳しい方で
たいてい、そういう類の話は門前払いしてしまう方だそうです。
しかし、その時の反応は「すぐ、こいつを呼べ」その一言でした。
ぜんきゅうさんは呼ばれるがまま、部長の元に足を運びました。
そして部屋に入って、面と向かって時の最初の質問は
「これからある会場を押さえるから、
3日間、そこでお前の個展を開けるか?」でした。
一樹:
え〜。そんなこと、あるのですか。
すごい展開ですね。
にこ蔵さん:
ぜんきゅうさんが言うには
「俺はツイてたんや。3年間、何もやってなかったし
仕事にもつかず、ひまだったからいつでも時間があったんだ。」とのこと。
それからぜんきゅうさんは、準備にとりかかります。
部長さんに言われた通り、
作品を運び出し、3日間の展示を始めました。
そうしたら会場のお客さんにはすごく好評で
展覧会が終わった後は、
とんとん拍子に本が出版されるまでになりました。
タイトルは「石の鳥」といいます。
その後は当たらず止まらずというような感じで
しょっちゅう仕事があるわけでもなく、
かといって途切れるわけでもない。
そんな生活を続けていたそうです。
それから、ぜんきゅうさんは
さらに自分自身の変化に気付かされます。
3年間ふらふらしていた頃より気持ちが前向きになっていることに。
一樹:
制作をしていくことで、
ぜんきゅうさん自身が変わっていく、これは面白いですね。
にこ蔵さん:
それから、ぜんきゅうさんは
仲間内の同窓会に参加する機会がありました。
それまでは、お酒の席に誘われても、嫌だなあと感じたり
行ってみても、お酒の量や、話も悪い方向にしかいかなかったのですが
その時は違っていました。きちんとした話ができたのです。
隣に座った女性の方と話が出来て、仕事のことを尋ねられ
「今は、何もやってなくて、プー太郎だよ」と返したら
「じゃあ、明日1日、私に付き合ってくれない?」と言われ
それではと思い、連れて行かれたのは老人ホームでした。
そこからが面白いのですが、何も説明を受けないまま
お年寄りの方達の前に立たされ、こう紹介されました。
「今日から、書道を教えてくれることになりました丹羽善久さんでーす」と(笑)
ぜんきゅうさんはもちろん「聞いてねーよ!」と思うのですが
目の前には、お年寄りが50人、
職員さんも20人ほど、みんなの視線が集まります。
「これは、もう腹をくくるしかないな」と決意して
「よろしくお願いしまーす」とお年寄りの方に字を教え始めます。
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