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自然なお産:岡野 眞規代

1 助産婦を志したきっかけとは

【岡野さんプロフィール】

 岡野 眞規代 (吉村医院・お産の家 元婦長)

1975年大阪市立助産婦学院卒業。
3カ所の市民病院で勤務し、1989年大阪市を退職。
その間に厚生省看護研修研究センターで1年間学び、助産婦教育に携わる。

その後、個人病院の婦長として勤務。1993年に吉村医院、
吉村正先生の講演を聴き、お産を文化的な命の営みとして捉える哲学と信念に衝撃を受け、
1999年7月、吉村医院「お産の家」婦婦として勤務。そこで自然なお産に立ち会う中で、
これ迄のお産を化学的現象としてだけ捉えていた事に気付く。

現代当たり前ではなくなってしまった自然なお産が、
人の人生全体にわたって大きな意味を持ち人が本来持つ力の凄さと、
内側に宿る神々しさをお産の中に取り戻すことがいかに大事かを2004年から北海道へ来て伝えている。

現在、天使大学院の助産研究科実習指導員。傍ら全国各地での講演活動を展開。

 


一樹:
今日はとても楽しみにしてきました。
先日、岡野さんが婦長さんとして勤めていた吉村医院の
吉村先生にも、この対談に登場にして頂きました。

今回、岡野さんからもお話いただくことで、
より深く吉村先生や岡野さんがお伝えしている
お産について触れてゆくことができます。

今日はよろしくお願いします。

岡野さん:
よろしくお願いします。
私は、吉村先生は永遠に不滅だと思っています(笑)
いきなり凄いことを言いますね。

一樹:
アッハッハッハッハ(笑)

岡野さん:
ウッフッフッフッフ(笑)
だから何千年後でも、吉村先生の残してきた事は
時代を超えて繋がっていくし、伝わっていくし、
その伝えていく役目の一人を私が担っていると思います。

一樹:
ええ。

岡野さん:
やっぱりそれは是非伝えていきたいですね。

一樹:
そうですか。

岡野さん:
やっぱり生を輝かせるっていうか、
吉村先生のように自分の命を削って産む女性の為に
命を懸けていく事はなかなかできないと思います。

一樹:
そうですよね。

岡野さん:
その事によって産む女性なり、それを取り巻く家族が
すごく生き生きされる。

そういうのを見ていて「やっぱりすごいなぁ」と思いますね。

一樹:
元々、岡野さんが助産婦の世界に興味を持ち出したきっかけは
何かあったのですか?

岡野さん:
私はね、小さい頃から看護婦になりたいと思っていたんですね。

一樹:
そうなんですか!?

岡野さん:
それで、看護学校に入学して実習で内科とか外科とか産科とか
全科を回っていくんですが、産科に行った時に、
なんか面白かったんですよね。

一樹:
(笑)

岡野さん:
産科のドクターに素敵な方がおられたっていうのもあって、
なんか産科で実習するのが楽しかったんですよね(笑)

それで、進学して助産師になろうと思いました。

一樹:
そうだったんですか。

岡野さん:
だから最初から助産婦を目指していたわけではないです(笑)

一樹:
そうだったんですね。
でも何か命を生み出すというか、命を取り出すというか、
そこに引かれるものがあったとか?

岡野さん:
そういう想いではなくて、何か面白かったっていうか(笑)
楽しかったっていうか。

そういうのがすごくあったんですよね。
命とか深い事を考えてなろうと思ったのではなくて、
「先生もすごく素敵だし、こういう先生と
一緒に仕事ができたらいいなぁ」という理由ですね(笑)

一樹:
取り巻く環境が良かったんですね。

岡野さん:
そうですね。
だから、何か私の中にお産のインパクトがあって、
それで感動して「助産婦になろう!」と思ったっていうことはないですね。

でも、いのちが生まれるって不思議だし、
喜びがいっぱいあるので楽しかったですね。

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