一樹:
前回、この周りを見させていただいた時に、
霊安室のお話を聞いた時にすごく
インパクトとして僕は残っているんですけど。
中澤さん:
うん。
一樹:
生と死というものと、
物凄く向き合った場所だなぁということを感じたんですけど。
中澤さん:
ちっちゃい時から私ってね、
『死』っていうことを考えていた子だった気がするのね。
原体験みたいなところはね、やっぱりおばあちゃんのこと。
それも父方のおばあちゃんがね、軽い脳卒中があったのかなぁ・・・
分からないけど、草履に十分足が通らなくてそれを一生懸命私がかがんでね、
草履を履かせてあげてた記憶・・・
これがあるんですよ。
その次の記憶は、寝たきりになっていた部屋が空っぽになっていて、
妙に日差しが明るくてね。
で親戚の人がね、「亡くなって、布団をめくったらウジがボロボロわいててね」っていう、
ひそひそ声が今も耳についています。
それが原体験かなって気もするのね。
一樹:
そんなことがあったんですね・・・。
中澤さん:
であるならば、ここで亡くなりたい方は、
この『せんねん村』がもうお家になっているわけだから、
自宅ではない住まいになっているわけだから、
ここで看取りをさせていただきたいと。
ここで看取りをすれば、余分なことをしないからね、
苦しまずに済むんですよ。
私はね、医療の影の部分もよく知ってるから。
一樹:
う~ん。
中澤さん:
私の母親がやっぱり大学病院に入った時にもそうだったけど、
診断名ついて手術日まで決まってるのに
「もう一回最初から検査させてください」だからね。
ところがこれに「ノー」って言えないんですよ。
今の私なら「ノー!」って言いますよ。
まぁ今はもっともそこまではやらないけどね。
診断名までついて、手術日まで決まっているのになんでまた、
ここで検査しなきゃいけないんですか?
苦しめるんですよ・・・。
一樹:
はぁ・・・。
中澤さん:
消化器の病気だったから、毎回、絶食でしょ。
それであちこち針を突き刺したり血液とったり、
レントゲン撮ったりするわけでしょ。
そういうことをやってきたんですよ、医療界は。
それはね、国民皆保険の出来高払いの影の部分ですよ。
一樹:
知りませんでした・・・。
中澤さん:
確かにね、十分な医療は施されるかも知れない。
十分過ぎるどころかやっちゃいけない事までやられちゃう。
未だにありますよ、そういうことが。
そういうこともあって、ここでは安心して旅立っていただければいいなと。
個室だからご家族が付き添うこともできますでしょ。
従兄弟ががんで入院して心停止した時なんか、
それこそちょっとご家族の方出て行ってくださいって言われて、
出ている間にもう管を繋がれちゃって、
人工呼吸器がついていたって言うからね。
全身に転移している末期がんなのに、
心肺停止するたびに電気ショックで心臓を動かし、
人工呼吸器で強制的に酸素を送っている。
これが3回も行われたのよ。
一樹:
はぁ~。
中澤さん:
そういうものがやっぱり今でもまだあるのかなぁ。
もう一人の従兄弟は、癌末期でホスピスに入ったのだけれど、
中心静脈栄養という大きな静脈から24時間高栄養の点滴を
入れるのを着けられて・・・
でも、もう栄養を吸収できる状態ではなくて、
骸骨に皮が一枚かぶっただけのような死に顔でした。
家族は、それをつけたらどのようになるか?ということも
詳しくは説明されていないのね。
一般の人ではどうなるのか、なんて分かりませんよ。
医療者はやはりその処置のメリット、
ディメリットをきちんと説明する責任があるし、
患者さんも自分の病気なのだから勉強したほうがよいですね。
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